つながりかたの科学(工事中)
はじめに
残念ながら私たちは孤立して生きていくことは不可能である.
必ず誰かと(何かと)接しなければ生きていけない.
人に限らず,すべてのモノは互いに影響を及ぼしあっている.
そのため,何と何が繋がっているのか,
どのように繋がっているのかということは,
世界を見る上でひとつの重要な要素となりえる.
この模擬講義では,物事を理解する上で
「つながり方」がいかに重要なのかということを考えていく.
注意:
これは平成17年3月12日に茨城県の
清真学園高等学校で
実施した模擬講義の内容を HTML 化したものです.
ここに記した情報は最新のものではなく,
すべて講義を行った当時のものであることを断っておきます.
また,著作権の関係で一部の図表を手直ししています.
このメモは全2回の講義の第二回目に相当しています.
そのために,最初の部分は第一回の内容の復習が含まれています.
第一回の講義内容の HTML 化は,第二回ほど目新しいものではないので,
時間があるときに検討します.
目次
- ランダム・ウォーク(前回の復習)
- 壁面にみられる「染み」の話
- 「小さな世界(small world)」の話
- 囚人のジレンマ
- 生態系
ランダムウォーク(前回の復習)
ランダムウォーク
次のような問題を考えてみよう.
「酔っ払いが道を歩いてるものとする.
彼は記憶がないほど酔っ払っているので,
前に進む確率と後ろに戻る確率が五分五分である.
例えば,10秒に1歩歩くとき,
酔っ払いは1分後にスタート地点から
与えられた距離だけ離れている確率はいくらか?
10分後では?1時間後では?1日後では?」
ランダムウォークの作り方(1次元)
上の問題のように酔っ払いの歩き方の数学モデルを
ランダムウォーク(random walk, 酔歩)と呼ぶ.
このランダムウォークについて調べてみることにする.
これは,各時刻において次のふたつのステップを
実行することによって作られる.
- でたらめに -1 または 1 を発生させている.
- 直前の値に上で得られた値を加える.
上のふたつの図は直線上(一本道の上)のランダムウォーク (酔っ払い歩き)を表計算ソフトで計算した例である.表計算ソフトで計算するためには,まず 時間を区切らなければならない.図で言えば一歩にかかる時間を1とおいて,最初に歩き出したときからどれだけの時間が経っているのかを横軸に表したと考える.上の図では,その1区切りごとに1回ずつでたらめに
-1 または 1 を発生させている(コンピュータで「でたらめ」を発生させることにもテクニックがあるのだけど,それは別の機会に).下の図が酔っ払いが80歩歩いたときの酔っ払いの位置の変化を表している.
ランダムウォーカーの動きは,行ったり来たりなんだけど,ジグザグばかりじゃない.そのあたりが微妙で面白い.
ランダムウォーカーの確率分布
ランダムウォーカーが位置 x にいる確率 P(x) は二項分布なのでやはり表計算ソフトを用いて容易に計算することができる.下の図は総ステップ数(経過時間)によってP(x)
がどのように変わってゆくのかを示している.徐々に裾野が広がって釣鐘状になってゆく様子がわかる.
拡散過程
ランダムウォーカーの数学はいろいろな応用可能性を持っている.ここでは水の中に一滴のインクを落としたときに何が起こるのかをランダムウォーカーで調べることができるのかを考えてみる.結論を言うと,一つの場所にランダムウォークする粒子をたくさん置いて,その粒子の位置の分布が時間とともに変化する様子を計算してみればよい.
インクの粒子が次々と水分子にぶつかって移動していくことを表しているからだ.
インクの拡散現象に例えると一つ前で述べたランダムウォーカーの確率分布はそのままインクの濃度に対応してゆく.二項分布を用いて擬似的に計算したインクの広がりのアニメーションを見たい場合には右の画像をクリックしてみよう.この例でもわかるように,ランダムウォークする粒子をたくさん準備することによって,物質が移動する様子をコンピュータで模倣する(シミュレートする)ことができる.
壁面にみられる「染み」の話
ここまで述べてきた前回の知識から今度は壁面にみられる染みの話を考えてみよう.
池袋の地下道C4出口
下の画像は,池袋駅地下道のC4出口の壁にある「染み」の全体の様子である.なぜか知らないけど,ここの部分だけやけに染みが多い.たぶん,染みの多いタイルを好んで張ったのだと思うのだが,このタイルの染みはどうやってできたのか(作られたのか)は謎である.そこで,ふたつの染みをピックアップして,その形成過程を考えてみることにしよう.ちなみに,この研究は,私の研究室を卒業した高橋君との共同研究である.
壁の染みの例
検討したふたつの染みを下に示す.左を「パターンその1」,右を「パターンその2」と呼ぶことにしよう.
壁の染みはどう作られるか?
おそらく拡散律速凝集だろう.
染みの元は壁の中から湧いてくるのか,外からやってくるのか?(均質モデルと境界モデル)
ふたつのパターンが異なる理由は何か?(種粒子の違い)
拡散律速凝集(DLA)
結晶の成長速度が外から物質がやってくるよりも圧倒的に速いときに見られる.
種にランダムウォーカーが吸着してゆくことでモデル化できる.
- 種粒子を準備
- 遠くからランダムウォーカーを放出
- ランダムウォーカーが種につくとそのランダムウォーカーも種になる
- 2と3を繰り返す.
大規模な DLA の計算結果については ここからのリンクを参照しよう.
今回のモデル
- 均質モデル:壁面の至るところから染みはやってくる.
- 境界モデル:タイルの外側から染みはやってくる.
- 静止核:種粒子は動かない.
- 成長核:種粒子は成長する.
ふたつのモデルの比較
境界モデルの方が異方性が少ない. 均質モデルの方が密度が高い.
パターンその1の結果
観察と計算結果の比較
パターンその2の計算(失敗例)
モデルの改良
- これまで静止核であったが,これを成長核にして計算をしてみる.
- 酔っ払いが6000回動くたびに核をひとつ成長させる.(モデル1)
- 酔っ払いが10000回動くたびに核をひとつ成長させる(モデル2)
改良した結果
- モデル1は少し核の成長が早すぎたようだ(左上).
- 逆に遅すぎてもイマイチである(右下).
結果の比較
壁の染みの話のまとめ
- 壁に見られたふたつの染みは拡散律速凝集と呼ばれているパターンで考えられる.
- ふたつのパターンはメカニズムは同じ拡散律速凝集だが,核(凝集のもとになる部分)の形成過程が異なる.
- 繋がるメカニズムが同じでも全体の繋がり方で見た目は異なる.
「小さな世界(small world)」の話
ケヴィン・ベーコン・ゲーム
ケヴィン・ベーコン氏はアメリカの有名な俳優である.
とある大学生たちの言葉とそれに刺激を受けた別の大学生たちに
よって,以下のような「ケヴィン・ベーコン・ゲーム」と
呼ばれるゲームが生まれた.
- ケヴィン・ベーコンのベーコン数はゼロ.
- ケヴィン・ベーコンの共演者のベーコン数は1.
- 共演者の共演者のベーコン数は2.
- 目的とする俳優のベーコン数は,上記の要領で競演関係の連結を計算したときの最小値.
この手順によって,共演者のネットワークをベーコン数で解析する試みがスタートした.
ベーコンの宣託
最初の大学生に刺激を受けた大学生たちが作った
サイトが
「ベーコンの宣託」
というサイトである.
このサイトでは色々な俳優のベーコン数が調べられる.
日本の俳優さんのベーコン数は?
データベースは日本の映画の競演関係も登録されているらしく,
日本の俳優のベーコン数も調べられる.
以下は主な(?)俳優さんたちのベーコン数である.
クリックすると最新の結果が表示されるので試してみよう.
- 最近有名な人
-
国際派男優といえば・渡辺健(ベーコン数2)
-
マツケンサンバでおなじみ・松平健(ベーコン数3)
-
2時間ドラマの帝王・船越英一郎(ベーコン数3)
-
ノリにノッてる女優といえば・上戸彩(ベーコン数3)
- ベーコン数2の俳優さん
- 北野武
- 三船敏郎
- ケインコスギ
- 竹中直人
ケヴィン・ベーコン・ゲームが教えてくれること
- 世の中は狭い (ハリウッド俳優の平均ベーコン数は 2.79 )
- 他にも世の中が狭いことを示す例がある.
- ミルグラムの実験
- チェインメール
- せん虫の仲間の脳の構造
- どうして世の中が狭くなるのかを考えてみる.
小さな世界(small world)
- Watts and Strogatz が提案したネットワークモデル.
- 規則的な連結をもつネットワークに対して少しの確率 p で既存の辺をショートカットと入れ替えることによって作られる.
- 規則的なネットワークとランダムなネットワークと small world 構造をもつネットワークの 3種類に分類されるらしい.
Small world の特徴
- 近傍との関係が深く2点間の平均距離も短いネットワーク構造
- 規則的なネットワークとランダムなネットワークの両方の性質をあわせもつ(Watts and Strogatz).
囚人のジレンマ
囚人のジレンマとは
ふたりの犯罪者が囚人となっている.ふたりは共犯であるが,双方とも黙秘を続けており事件の全容は解明されていない(嫌疑不十分).
囚人たちは別々に取り調べ官から取引を持ちかけられる.その内容は以下のとおり.
- もしも犯罪の全容について証言するなら,今の懲役を短くし,仲間の懲役を長くしよう(情状酌量).
- もしも君が話さない間にもう一方が証言をしたら,君の懲役が長くなり仲間の懲役が短くなる.
- もしも両方が証言したら二人とも今よりももっと思い刑になる.
さぁ,どうするべきだろうか?
ペイオフマトリクス(利得行列)
- 囚人のジレンマは一般に以下のペイオフマトリックスで表される変数の大小関係が次のような関係にあるものをいう.
- S< P< R < T
- また,第二の条件として, 2R >=S+T (裏切りあっても状況は改善されない)が要求される.
囚人のジレンマの応用例
下の表のように幅広い応用例があるので,広く研究されている.
アクセルロッドの実験
- 囚人のジレンマゲームを200回繰り返して得点を競うゲームを15種類の戦略のリーグ戦として実施した.
- 代表的なアルゴリズムは以下の通り
- JOSS: 最初は協調.相手が裏切ると次回は裏切り.相手が協調したら9割協調,1割裏切り.
- TFT: 最初は協調.あとは前回の相手の手と同じ.
- Random: でたらめ.
- Friedman: 最初は協調.相手が一度でも裏切ると裏切り続ける.
- Downing: 自分が協調した回の次に相手が協調する確率を見積もり,自分が裏切った回の次に相手が協調する確率を見積もる.ふたつの確率をもとにその確率どおりに相手が動くものと仮定して利得が最大になるように行動する.
実験結果
TFT(Tit-for-tat: しっぺ返し)が優勝した.
しっぺ返しは相手の裏切りをすぐに忘れてしまう戦略なため,Nash 均衡解とは異なる傾向を見せる.
ネットワーク上ではどうなるのだろうか?
小さな世界上では結果が変わるのか?
ゲームの計算方法
- ネットワークの頂点上にプレーヤーを配置し,プレーヤーの戦略の変遷を調べた.
- 下に今回計算を行ったモデルのペイオフマトリックスを示す.r は互いが協調戦略をとったときの利得に対する経費の比を表す.
これから検討するゲーム
- 戦略は協調と裏切りの2種類のみ.
- 初期状態では各プレーヤーは与えられた割り合いでランダムに戦略を割り当てられる.
- すべてのプレーヤーはネットワークで連結された相手と囚人のジレンマゲームを行い,取引によって生じる利得(ペイオフ,Px)を計算する.
- すべてのプレーヤーは次回の取り引きに用いる戦略を決定して,再びグラフ的に連結している相手と取り引きを行う.
戦略の決定方法
連結されている中からランダムに選ばれた相手のペイオフ(Py)との差によって,戦略を相手と同じようにするか否かを判断する.
遷移確率は, である.
主な計算条件
- 200 × 200 の正方格子上のネットワークをもとにする.
- r = 0.001 から r=0.100 までについて計算を行った(特に r=0.005 と r=0.04 に注目して計算結果を示してゆく).
- p=0 から p=1 までについて計算を行った.
- 繰り返しの回数は10万回(一部3万回)である.
- 初期的なプレーヤーの比は 6:4 で協調が多いとする.
規則的なネットワーク上とランダムなネットワーク上での結果
- 規則的なネットワーク上では協調が集合(クラスタ)を作る.
- ランダムなネットワーク上では見かけ上のクラスタは見られない(グラフ構造上ではクラスタができているのだろうか?)
- 上 0.005, 下 0.04
計算に使ったネットワークの作り方
計算に用いた small world ネットワークは次のような手順で作られる.はじめに下図の左のような正方格子と呼ばれるネットワークを作る.正方格子とはその言葉のように正方形を同じように重ねてできるネットワークである.正方形の頂点からは4つの辺が出ている.辺同士は直交している.
次に,すべての辺について,与えられた確率 p で現在連結している点とは別の点に連結させることを繰り返す.下の図の中央は p=0.1 の場合のネットワークであり,右は
p=0.2 の場合のネットワークである.
Small world 構造をもつネットワーク上での計算結果
画像の比較 (p=0.0 と p=0.1)
おおまかな傾向
- r の値が小さい方が白い(裏切ることのメリットが少ないと協調戦略を選ぶプレーヤーが多くなる)
- p の値が大きくなるにつれクラスタが崩れてゆく.
- p の値が小さい場合(small world 構造の場合?)には大きな違いはみられない.
プレーヤーの人口の割合の r 依存性
人口の割合の r 依存性の結果
比率の値そのものは r に依存し,r が小さいほど協調の割合が大きくなる.
r=0.040 付近までは,比は p に依存せずにほぼ一定である.
r が大きい場合, p=0 のもとでは小さい値をとり,p が大きくなるにつれて大きな値に移ってゆく.すなわち small world 効果によってより協調が生きやすい環境ができる.
画像の比較 (p=0.0 と p=0.1)
囚人のジレンマのまとめ
- small world を導入した結果は以下の2点にまとめられる.
- 規則的なネットワークでは協調が存在できない条件下でも協調が存在.
- (もう少し解析を進めると)クラスターの形は変わらない(大きくもならない).
生態系
生態系モデル
前回軽くふれた Blasius らによる,植物−被食者(草食動物)−捕食者(草食動物を捕食する動物)で構成される食物連鎖モデルをネットワーク上で再構成し,個体数変動におけるネットワーク構造の影響を検討してみる.Blasius
らのモデルは生態系の変動の重要な性質である周期性と個体数の極大値の変動をよく再現している.
モデル方程式
ネットワークの各頂点(パッチ)上に3種類の生物による生態系が作られている.
i 番目のパッチにある生物の個体数の変動は植物・草食動物・肉食動物の順に以下の式で表される.
計算条件のまとめ
N は頂点の数, K は規則格子状の接続相手の数, D は見かけの拡散係数である.
経時変化(N=10000, K=6, D=0.2)
規則的な構造で同期がみられない拡散係数において p の値を変化させてゆく. p を大きくしてゆくと同期がみられる.
Small World の効果は?
- 相関係数の平均値(左図)と分散(右図)の p 依存性 (赤:K = 4, D = 0.20,青:K = 6, D = 0.15).
- 0 ではない小さな p で高い分散を示しながら増加する領域がある.(ただし p=0 の分散が最大)
全体のまとめ
- つながり方が違うと同じ性質をもったものの集合でも異なる結果が見える.
- この結果はずいぶん前から知られていたことである(例えば化学の同素体)が,広く一般的に研究されてきたのは最近のことである.
- もとになっている数学はいくつかあるが,もっとも基本の部分は「グラフ理論」と呼ばれる部分である.簡単な割りに高校では勉強しない数学もあることを知る良いチャンスである.