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伊藤過程と伊藤の公式

講義

揺動力がある微分方程式

第3回の講義で,Langevin 方程式という

$\displaystyle \frac{dX}{dt}=P(t)$ (5.1)

という形式の方程式を見た. $ P(T)$は,白色ノイズと呼ばれる関数で, 時間について独立である同一の分布から生み出されるランダムな量が 凝集した関数であった.もう少し一般的な

$\displaystyle \frac{dX}{dt} = f(t,P(t))$ (5.2)

という方程式を考えてみよう. 以下では,この一般形が

$\displaystyle dX_t = b(t, X_t) dt + \sigma(t, X_t) dB_t$ (5.3)

または,

$\displaystyle X_t = X_0 + \int_0^t b(s, X_s) ds + \int_0^t \sigma(s, X_s) dB_s$ (5.4)

と表すことができる場合のみを考える. ここで,$ B_t$ は平均 0 ・分散 $ t$ のブラウン運動(標準Wiener過程)の 経路を表す. また第3項の積分は伊藤の意味での積分である(詳細は省略するが, このタイプの積分には伊藤積分の他にもうひとつの定義の仕方がある). このような微分方程式によって記述される過程を伊藤過程という. 伊藤過程を数値的に解く方法についてはここでは考えないことにして 解析的に解くことを考える.このときに必要な公式が伊藤の公式 である.
\begin{itembox}[l]{伊藤の公式}
$X_t$ を
\begin{equation}
dX_t = b(t, X_t) d...
...t = dB_t \cdot dt =0, \quad
dB_t \cdot dB_t = dt
\end{equation}
\end{itembox}
すぐにわかるように最も重要なのは $ dBdB$ が無視できず $ dt$ に 置きかわることである.これは標準 Wiener 過程を構築するときに $ \Delta t$$ a$ 倍するときに $ \Delta x$$ \sqrt{a}$ 倍するのと同じ 理由である.以下に示すように, 確率微分方程式の数値解を求める場合にもこの結果は重要となる.

いくつかの例

ブラウン粒子の速度変化(Ornstein-Uhlenbeck 過程)

$\displaystyle dX_t = c X_t dt + \sigma dB_t$ (5.5)

または

$\displaystyle X_t = X_0 + c \int_0^t X_s ds + \sigma \int_0^t dB_s$ (5.6)

と表せる過程を考える.$ X_t$ を時刻 t における速度と 考えると,粒子が現在の速度に比例する力と ランダムに加わる力によって加速される過程である. これは水に浮かぶ花粉粒子の運動(Stokes 抵抗による花粉粒子の 粘性抵抗と水分子の衝突によるランダムな外力)を 記述されたものとして詳しく研究された伊藤過程である. 伊藤の公式を用いて,この解を求めてみる. $ g(t,x)=e^{-ct}x$ と置く. $ \partial g /\partial t = -c e^{-ct} x$ $ \partial g/\partial x = e^{-ct}$ $ \partial^2 g/\partial x^2 = 0$ より, $ Y_t = g(t, X_t) = e^{-ct}X_t$

\begin{displaymath}\begin{split}
 dY_t &= -c e^{-ct} X_t dt +e^{-ct} dX_t\ 
 &=...
...c X_t dt+\sigma dB_t)\ 
 &=\sigma e^{-ct} dB_t\ 
 \end{split}\end{displaymath} (5.7)

となる.よって,$ X_t$は,

\begin{displaymath}\begin{split}
 e^{-ct}X_t &= e^{-c 0}X_0 + \sigma \int_0^t e^{-cs} dB_s\ 
 &= X_0 +\int_0^t e^{-cs} dB_s
 \end{split}\end{displaymath} (5.8)

より,

$\displaystyle X_t = e^{ct}X_0 + e^{ct} \int_0^t e^{-cs} dB_s$ (5.9)

と表されることがわかる.

株価の変動(幾何ブラウン運動)

$\displaystyle dY_t = c Y_t dt + \sigma Y_t dB_t$ (5.10)

または

$\displaystyle Y_t = Y_0 + c \int_0^t Y_s ds + \sigma \int_0^t Y_s dB_s$ (5.11)

という過程は,幾何ブラウン運動または Black-Scholes モデルと呼ばれ, しばしば最も簡単な株価の変動モデルとして用いられる. $ Y_t$ を時刻 $ t$ における株価とすると,株価の トレンドとボラリティ(一日あたりの上げ幅と価格のバラツキ)が 株価($ Y_t$)に比例するというモデルである. このモデルも,伊藤の公式を使うことによって, 解析的に解くことができる. 伊藤の公式で $ X_t = B_t $ と置き, $ Y_t =g(t, X_t)$ を幾何ブラウン運動とする. 伊藤の公式から

$\displaystyle cg(t,x)= \frac{\partial g}{\partial t}+\frac{1}{2}\frac{\partial^2 g}{\partial x^2}$ (5.12)

$\displaystyle \sigma g(t,x)= \frac{\partial g}{\partial x}$ (5.13)

式(5.17)を2回使って,

\begin{displaymath}\begin{split}
 \frac{\partial^2 g}{\partial x^2} &=\sigma \frac{\partial g}{\partial x}\ 
 &=\sigma^2 g(t,x)
 \end{split}\end{displaymath} (5.14)

となるので,もとの微分方程式は,

$\displaystyle \frac{\partial g}{\partial t}=\left( c-\frac{1}{2}\sigma^2 \right)g(t,x)
 ,\quad 
 \frac{\partial g}{\partial x}=\sigma g(t,x)$ (5.15)

となる.これを $ g(t,x)=f(t)h(x)$ と変数分離すると,

$\displaystyle f'(t) = \left( c - \frac{1}{2}\sigma^2 \right) f(t) ,
 \quad
 h'(x) = \sigma h(x)$ (5.16)

となる.これを解いて,

$\displaystyle f(t)=f(0)e^{\left(c-\frac{1}{2}\sigma^2\right)t}, \quad
 h(x)=h(0)e^{\sigma x}$ (5.17)

よって,

$\displaystyle Y_t = g(t,x)=Y_0 e^{\left(c-\frac{1}{2}\sigma^2\right)t+\sigma B_t}$ (5.18)

という結果が得られる.

数値計算の方法

伊藤過程の差分化を考えてみる.$ X_t$ を記述する式が 式(5.5) であるとき,

$\displaystyle X_{t+\Delta t}=X_t + b(t, X_t) \Delta t + \sigma (t, X_t) \Delta B_t$ (5.19)

で計算できる.ここで,

$\displaystyle \Delta B_t = B_t - B_{t-\Delta t}$ (5.20)

である.これは前に定義した積分が伊藤積分であるためである. このとき $ B_t$ は標準 Wiener 過程なので,前回の講義で説明したように

$\displaystyle \Delta B_t = \sqrt{\Delta t} \eta_t$ (5.21)

または

$\displaystyle \Delta B_t = 2 \sqrt{ 3 \Delta t} (\xi_t -0.5)$ (5.22)

で計算できる.ここで $ \eta_t$ は,確率 1/2 で 1 または -1 を 与える乱数であり, $ \xi_t$$ [0,1)$ で一様分布する乱数である. また,確率過程 $ Y_t$ が式(5.7) 上の $ X_t$$ t$ の 関数 $ Y_t =g(t, X_t)$ であるとき

$\displaystyle Y_{t+\Delta t}= Y_t +
 \frac{\partial g}{\partial t} \Delta t+\fr...
...g}{\partial x}\Delta X_t
 +\frac{1}{2}\frac{\partial^2 g}{\partial x^2}\Delta t$ (5.23)

と伊藤の公式に従って $ x$ についての2回微分が無視できないことに 注意をする.

課題

課題5-1 解析解を計算する

式(5.22)を用いて,幾何ブラウン運動の解析解を計算してみよう.

課題5-2 数値解を計算する

式(5.14)および式(5.23) を 用いて,幾何ブラウン運動の数値解を計算してみよう.

課題5-3 結果の平均と分散を比較する

上の二つの計算が行えたら,両方の結果について平均と分散を計算し, 得られた結果を比較しよう.その結果はもとの方程式から予想できる 結果なのかを考えてみよう.

プログラムの例(課題5)

課題5-1 解析解を計算する


\begin{itembox}[r]{\textbf{5-1.c}}
\hspace{1cm}
\begin{minipage}{17cm}
\lst...
...guage=c,numbers=left,stepnumber=1]{program/5-1.c}
\end{minipage}
\end{itembox}

課題5-2 数値解を計算する


\begin{itembox}[r]{\textbf{5-2.c}}
\hspace{1cm}
\begin{minipage}{17cm}
\lst...
...guage=c,numbers=left,stepnumber=1]{program/5-2.c}
\end{minipage}
\end{itembox}

課題5-3 結果を比較する


\begin{itembox}[r]{\textbf{5-3.c}}
\hspace{1cm}
\begin{minipage}{17cm}
\lst...
...guage=c,numbers=left,stepnumber=1]{program/5-3.c}
\end{minipage}
\end{itembox}

\begin{itembox}[r]{\textbf{5-4.c}}
\hspace{1cm}
\begin{minipage}{17cm}
\lst...
...guage=c,numbers=left,stepnumber=1]{program/5-4.c}
\end{minipage}
\end{itembox}

結果

課題5-1と課題5-2の結果を比較すると図のようになる. これほど同じ形になるのは,乱数として利用している 擬似乱数列が同一であり,ひとつの点の値を計算するために 必要な擬似乱数の数が同じであるためである.
\resizebox{!}{8.0cm}{\includegraphics{two-gbs-all.eps}}
ただし,下図のように,拡大してみると,計算手法が異なる ために,若干の数値のずれが見られることがわかる. このようなずれは, $ \Delta t$ を大きくすればするほど 大きくなる.
\resizebox{!}{8.0cm}{\includegraphics{two-gbs-local.eps}}
課題5-3について,ふたつのプログラムの出力から平均だけを プロットしたものが下図である.
\resizebox{!}{8.0cm}{\includegraphics{program/geo-bra-mean.eps}}
そして,分散をプロットしたものが下図である.
\resizebox{!}{8.0cm}{\includegraphics{program/geo-bra-var.eps}}
これらの結果を元の方程式から予想できるだろうか?

最終課題

以下の課題を解くプログラムを作成してソースコードをメールで送ること.
\begin{itembox}
% latex2html id marker 1265
[l]{\textbf{課題}}
今回説明してる O...
...は,時間間隔 $\Delta t = 1/400$,最終時刻 $t=5$\ であると
する.
\end{itembox}
ソースコードの1行目にコメント文として学籍番号と名前を入れておくこと. 例えば,作者が 991999 番の吉野太郎ならば,
C     991999 Taro Yoshino
となる. メールは tyoshino@cc.eng.toyo.ac.jp に送信すること.
Takashi Yoshino
平成16年1月22日